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木材を活用する専門家たち

特集01

木造建築ノスゝメ

木造建築ノスゝメ:イメージ

木で建築を作ることには、新しいスタイルが生まれる
可能性が秘められている

数多くの木造建築を手がけ、日本建築学会賞をはじめとした数々の賞を受賞している気鋭の建築家・原田真宏氏。本特集では木造建築の旗手である原田氏に、「木造建築ノスゝメ」として、木の建築にまつわる様々なお話を伺った。

原田 真宏:イメージ1

株式会社マウントフジアーキテクツスタジオ
共同主宰

原田 真宏Masahiro Harada

大学院修了後、隈研吾建築都市設計事務所に、その後、バルセロナにあるホセ・アントニオ&エリアス・トーレスアーキテクツ、磯崎新アトリエに所属。2004年、原田麻魚と共に「MOUNT FUJI ARCHITECTSSTUDIO」を設立。建築家として活動しながら、芝浦工業大学の教授、及び各大学の非常勤講師としても教鞭を執る。

XXXX / 焼津の陶芸小屋 photo by MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO:イメージ1

参画出来る良さ、みんなの場所になる良さ

僕はデビュー作から木造建築でした。すごく小さい陶芸のアトリエで、それがなんと総工費150万円!(笑)スペイン※から帰ってきて、さぁ仕事を始めるかというとき、客筋もなく、どうしようかなと思っていたら、父が「趣味で始めた陶芸のアトリエを作ってくれ」と言ってきました。

父は商売をやっていて「そこで使うための車を一台買うのをやめるから、それで作って欲しい」と。当時、カローラのフル装備で150万だったので「だから150万だ」って、ひどい話ですよ(笑)。

何しろお金がないプロジェクトで、ゼネコンに頼めないから、セルフビルド。僕や家族や友だちなど、素人たちで作ったんです。

木造建築の利点のひとつとして、みんなが参画出来るということがあると思います。鉄骨やRC で作ろうと思うと、重かったり、特別な道具が必要だったり、それぞれ専門家に頼まなければいけません。ですが、木で作ってる限りは、手運びも出来て重機はいらないし、近くのホームセンターで買えますし、のこぎりと手のみ加工で出来るわけです。

その結果、友だちや弟の友だち、近所の人など、手伝ってくれた人は全員、その建築を使っていいという、何となく権利を持ったような感じになったんですよ。そこに行くと、陶芸やってるはずなのに、弟の友だちが麻雀やってたり、近所のおばさんたちが喋しゃべってたり、みんなのサロンみたいになっていました。みんなの場所を作るために、木造ってすごくいいなって、そのとき思いましたね。参画出来る良さと、参加したことによって、みんなの場所になるということが、まず木造の良さだと思います。

2001(平成13)年~02年、文化庁芸術家海外派遣研修員制度を受け、スペイン・バルセロナのホセ・アントニオ & エリアス・トーレスアーキテクツに所属。

XXXX / 焼津の陶芸小屋 photo by MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO:イメージ2
XXXX / 焼津の陶芸小屋 photo by MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO

みんなの場所を作るために、
木造ってすごくいいなって

都市的な規模の建築物を、木造で作れる時代に

木の建築にはいろいろとメリットがありますから、これまで住宅レベルでは、木でたくさん作ってきました。

いくつもある建材の中で、木だけが生物材料です。他は鉄鉱石だったり、石灰だったり、無機質なんだけど、木だけは有機物、いわば生命ですよね。だから、生命体で建築を作っている限り、出来た建築物も自然のひとつのサイクルの中にある状態となることも出来る。自然でありながら、僕たちの居場所、家になっているという状況はとても素晴らしいことだなと考えて、たくさん木で家を作ってきました。でも、どうしても大都市の、多くの人が集まってくるような施設は、鉄かコンクリートになってしまっています。それがすごく残念だとずっと思っていたんです。都市というのは、やはり自然のサイクルの中に入れないのかな、と。それではサスティナブルな社会が遠くなってしまう。

だから都市的な規模の、みんながたくさん集まるような建築でさえも木で作ることが出来たら、大げさな話だけど「社会が自然のサイクルに入ってくる」可能性があると思って、巨大な建築も木で作りたいと、ずっと思っていたんです。

最近、これが可能な状況になってきています。まず、法律の整備がだいぶ進んできたこと。次に材料そのものの進展、大断面の集成材みたいなものが出てきて、大空間を作る技術がだいぶ進化してきたこと。さらに、コンピューターによる解析技術の進化。それら、法律・材料・解析を合わせて、だいぶ進歩したので、最近は都市的な規模の建築物を木造で作れるようになってきました。

木材での剛接合を可能にしたCLT

これまで木造は、ピン接合しか不可能とされてきました。木と木の接合は、いわば線と線ですから、接合部は点になります。点の接合では剛ごうせつごう接合は難しい。しかし、CLT(Cross Laminated Timber:直交集成板)が出てきて、CLT は面と面ですから、接合部は線になります。線になると、接合距離をとって、噛かみ合わせるようなジョイントにすれば、剛接合も可能になるんです。

CLT は、端材を直交になるように糊で貼り合わせただけのものですから、原理的には設備もミニマムで出来るんですよね。さらに、CLT を使うと、ほとんどの作業が加工場で済むという利点があります。通常は柱を立てたら仕上げをして、断熱をして、と工程がいくつもありますが、CLT に210㎜の厚みがあれば、断熱効果が十分なんです。

だから上棟したら、構造、仕上げ、断熱、屋根下地まで終わってしまう。手間も人件費も減り、工期も短縮出来て、近隣への迷惑も少なくて済みます。化学建材のプレハブと違って、現場での木加工の作業もあるため、大工さんの仕事を奪うこともない。

非常に強度をもった材質なので、空間を大きくとることが出来て、開口部を大きくとることも可能なんですよね。強度を出すために柱をたくさん立てると、窓も小さくなりますし、空間を大きく使えません。

CLT を使った木造建築 photo by MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO:イメージ
木楽の家(キラクノイエ) photo by Nacasa & Partners Inc.:イメージ

女性の染織作家さんのスタジオ兼自宅を作ったときに、CLT を使いました。街に向けて開いた作家活動が可能になって、家を建てることへの心理的負担や、経済的不透明さも減り、とても気に入ってもらえたようでした。すると、その作り方を住宅メーカーの方が聞きつけて、「1軒で終わらすのはもったいない、商品建築化しましょう」と。それがアキュラホームさんの港北展示場の「木楽の家(キラクノイエ)」です。

CLT を使った展示設施としては、大東建託さんの「ROOFLAG(ルーフラッグ)賃貸住宅未来展示場」、これは割と最近作った、超巨大なものですね。おそらく空間のサイズとしては日本最大級でしょう。柱がないスパンが約60m、それを木だけで作れてしまうんです。

こういう、たくさんの人たちが集まるような大きな空間を木で作れるということが大事だなと思います。もちろん、高いものを作ることも大事ですが、空間サイズが集える人々の数を決めますから。

この技術を応用すれば、シビックホールだって木造で出来るかもしれません。先程言ったように木は生命体ですから、シビックホールが木造で作れたら、「社会が自然のサイクルに入ってくる」状態に近づくような気がします。

大規模な建築物を、実際にいくつか木で手掛けさせて頂いて、やはりそれが出来るとみんな喜びますね。

「木の建築の良さについてエビデンスを示して説明しろ」と言われると、なかなか定量的なデータは今のところ少ないんですけれど、竣工するとクライアントから作り手まで含めて、全員が熱心に「これはすごくいいんだ」って例外なく言う(笑)。これは木で建築を作る際の特徴的な良さについての現象のひとつだと思います。「なんか分かんないんだけど、いいんだ!」って(笑)、作り手から使い手までみんな熱弁する。これは「木の魔力」だなって思います。陶芸のアトリエのときの、参画出来ることによって自分のものとして思えるのと同様に、みんなが木の建築を自分の外側として考えるのではなく、自分の身体の延長のように思えるのかもしれませんね。

目の前の山の木から、大規模建築物を作ることを可能にした仕組み

「道の駅ましこ」※という栃木県益子町の地場の駅を作らせてもらったんですけども、あれも本当に関わった全員が仲間になって作りました。益子町の町有林の木を伐り出して、実際にその木で自分たちの施設を作るっていうことになったんですよ。コンペでよく「地場の木を使うこと」と言われますが、そこにある山の木で建築を作ることは、本当はすごく難しいことなんです。なぜかというと、木材は伐きってすぐに使えるわけではありません。通常どおり入札で工事業者が決まってから木を伐採して、乾燥して集成材化して、とやっていると間に合わないんです。そういう仕組みを知っていたから、益子町での僕たちの提案は、ゼネコンが決まって工事着手する前々年度から木の伐り出しをして、先に乾燥させて集成材化する、ということをやったんですね。

工事着工前、設計が固まる前の段階で、集成材の調達が可能になって、現場に入ったときには集成材が出来ているという状態にしました。つまり、本当に日常自分たちが見ている山の木で、自分たちの空間を作るということを可能にしたわけですよね。そんなこともあって、山の風景から建築が全部ひとつにつながったんですよ。そういうのって、なんだかとってもインクルーシブですよね。

益子町は益子焼をはじめとした民藝で知られる町です。民藝とはその土地でとれた材料で、その土地で暮らしていくために必要な道具を作ります。だから民藝品を見ると、その土地と人の関係が分かるんですよ。人は土地を、こう解釈して暮らしているんだろうなというのが、すごく分かります。

その民藝の、建築バージョンを作ろうと思って、テーマを「風景でつくり、風景をつくる」にしました。デザインの形も材料も全部、風景から持ち出して建築にしたら、その土地の豊さを確かめられる建築になるんじゃないかなって思ったんです。

この建物は連続しているルーフスケープ(屋根並み)が特徴なんですけど、梁の勾配が周りの山のランドスケープの勾配に合わせてあります。反復のリズムも、山域の反復のリズムに合わせてあるんです。形だけではなくて中に入ると、梁などの材料も実際に見えている山の木から採れて出来たもの。益子焼で有名な益子だから、三和土(たたき)や壁も、益子の土で左官されて出来たもの。形も、材料も、全部この風景から出来ているんです。

ここでは、レジの人がこうした建築のコンセプトをイキイキと語ってくれるんですよね。なぜ木で作るとあんなにみんな好きになるんでしょうね。すごく熱心に、その価値を語ろうとしてくれます。それはこのプロジェクトでは建設委員会に入っていた人が、そのまま運営者になってくれたこともあるのでしょう。木の建築って融通性が高いので、企画段階で自分の要望が通りやすくて、満たされる度合いが高かったりもするんです。そういうプロセスがあったからこそ「自分で作った」という強い意識があるのかもしれません。

道の駅ましこ…JIA 日本建築大賞2017大賞(最高賞)受賞、2018年度グッドデザイン賞受賞、2020年日本建築学会賞(作品)受賞

ROOFLAG(ルーフラッグ)賃貸住宅未来展示場 photo by MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO:イメージ

「これはすごくいいんだ」
「なんか分かんないんだけど、いいんだ!」

形も、材料も、全部この風景から出来ているんです

道の駅ましこ photo by ましこカンパニー:イメージ

木は、他の構造材料と仲良くやれる

木には利点がいっぱいあるんですが、他の構造材料と仲良くやれるということがあります。よく「木で建築を作る」というと「天然木だけで作る」とか、集成材を入れたとしても「木だけで作る」というところに行きがちでしょう。

でも木のいいところのひとつは、コンクリートとか鉄とかと一緒に構造になる、混構造(こんこうぞう)がすごく上手なんですよ。なぜかというと、やわらかいからです。現場に入ったときに少し合わなかったら、大工さんの道具でちょっと調整をして、木の方が若干融通を利かせることでちゃんとくっついてくれます。いろんなものと仲良く全体を作っていく材料なんです。

僕が今まで木で作ってきた建物は混構造が多くて、木の敵を作らない、どんなものとでも仲間になれるっていう性格が利いているんだと思います。一部を木で作る、梁だけ木で作る、それは様々な空間が必要となる建築にとってすごく大きなメリットでしょう。

なんとなく木で建築を作るというと、全部を木で、全部を天然木にしないといけない、と思われがちですが、全然そんなことはありません。そういうことを言っていると、木で建築を作れる範囲が狭くなってしまいます。

木の利点を活(い)かして、もっといろんなところでいろんな材料と協力しながら作っていくと、都市の中でも木のある空間が実現出来て、都市に住んでいても木の建築を介して森のこととか山のこととかに想いを馳(は)せることが出来るんですよ。

例えば青山に奥多摩の木を使った建物があったら、それは奥多摩の森のアネックスが青山にあるみたいなものでしょう。

都会で「自然を大切にしよう」と言っても、山のことを感じる経験がなかったら大切にしようとも思えないかもしれません。でも、木で建築を作ると、都市の日常の中でも少しは山に想いを馳せるような経験が出来るように思います。僕は静岡県の焼津市出身で、田舎の子だから(笑)、どこかそういう地方の自然の味方をしながら都市の建築を作りたいなって想いがあります。木で建築を作るということは、山を連れてくることだという考え方も持っています。

僕の先生は、日本建築士会連合会元会長の三井所清典(みいしょきよのり)さんです。三井所先生は、木で建築を作ることをとても大切に考えられていました。「木で建築を作るというのは、建築単体のことだけを考えればいいんじゃない」と、盛んに話されていましたね。「木に関わる生業(なりわい)のこと、生業を成立させている自然のこと、世界というのは全部つながっているんだ」とずっとおっしゃっていて、それは僕にとっても、とても大切なテーマになっています。

ともすれば、建築家って敷地の中に記念碑的な作品を作って、それをパシャッと写真に撮って雑誌に載せて完成!ってなりがちです。木で建築を作ると、もちろん竣工というタイミングはあるんですけど、それで終わったということにはならないんです。それを成立させている山や生業のことも考えなければいけないし、メンテナンスのこととか、将来のことなども考えないといけません。際限なく考える世界が広がっていくというか、考えざるを得ない。それが楽しいですね。

作っているときから作品で、完成して、使ってもらって、変形していって、メンテナンスしていって……と、それらを含めての作品、建築になってきます。ずっと「建築が続いていく」っていうんでしょうかね。

現代建築は、ある時点で切って、そこを完成として、あとは永遠に年をとらないという雰囲気がありますよね。理念としての建築という意味が大きいから。でも、木で建築を作っていると、そんなことを言ってはいられません。むしろ縦軸というか時間軸で切るみたいな、そんな風に世界観が変わってくるから、おもしろいんです。

でも本当に、木で建築を作る機会が増えましたね。いろいろなものを作って、知られて、メッセージを出してきた結果かもしれませんが、やはり世の中全体として、木で建築を作ろうという気運が高まっているような気がしています。

道の駅ましこ photo by FUJITSUKA Mitsumasa:イメージ
YOTSUBAKO photo by Ken'ichi Suzuki:イメージ

木の外構は、街にとっていい風情を与える

今、流山の駅前開発を行っていて、木のストリートファニチャーとか、木で仕上げた空中回廊やテラスなどをたくさん作っています。木は街にいい風情を与えてくれますので、気に入って使っているんですけれど、そのときに使える国内産の材が圧倒的に少ないです。やはり、南洋材がメインになりがちなので、化学処理も含めて国産木材で、外構のデッキなどで使えるようなものが増えてくれると、本当にありがたいです。

もしも、安定供給が出来るのであれば、南洋材よりも多少強度が低かったとしても、都度替えていけますから、メンテナンスのことを考えても、地元の材での安定供給を望みます。違う材になってもいいんですが、なくならないようにしてもらえると嬉しいです。

怒られるかもしれませんが僕はメンテナンスをフリーにしなくてもいいと考えているんですよ(笑)。メンテナンスによって、地場の林業、地場の大工さんに定期的に仕事が生まれるような作り方は地域経済や風景にとってプラスだ思っています。

デッキ材としては、樹脂に木チップを混ぜた「エンジニアリングウッド」などがありますよね。あれはあれでいいんですけど、木というか、茶色いプラスチックという気がしますよね。やはり踏み心地とか、触りたいと思えるような肌との親和性が圧倒的に違うので、是非本物の材料で作りたい。メーカーも努力しているので、だいぶ良くなってきてはいるんだけれど、やはり本物の木にはかなわないですね。

それから公園の遊具は、木にして欲しいですね。是非セミオーダーの木製遊具が増えて欲しいと思います。フルオーダーでもいいと思いますが、セミオーダーで、その土地の子どもたちや気候に合わせた木の遊具が増えていくこともとても大切だと思っています。

鉄やプラスチックはうまく組み合わせられないことがありますが、木は融通が利きますから、相性がいいんですよね。その土地、その土地の木製遊具があるということは、とてもいいことだと思います。

メンテナンスのことまで考えて、維持管理費を予算に付けてくれるといいんですけれど。メンテナンスフリーって、管理者側の心理的負担は少ないですけれど、樹脂ばかり、石油由来のものばかりですから、実はメンテナンスフリーが一番、風景を、山を駄目にしていると思います。

日常的な公園みたいな場所にこそ、ちゃんとデザイナーが入って欲しいですね。既製品の遊具を並べただけみたいな公園ばかりなので。若手デザイナーにとっても、公共事業への初参入は大変ですから、公園などで実績を積んでいけば大きなチャンスになるし、公共空間も豊かになることでしょう。

建築のスタイルを変える木のイノベーション

建築のスタイル、形式って、作り方と暮らし方のセットで新しいものが生まれると思うんですよ。新しい暮らし方と新しい作り方が生まれたとき、新しいスタイルも出来るんですね。例えば、モダニズムの建築が生まれた頃は、地方で農業をしていた人たちが都市に集まって工場で大量に働くことになったから、大衆向けの建築が必要になって、そこに鉄とコンクリート、その2つの技術が合わさって今の現代建築の型が出来たんです。それが1910~20年ですが、そこから100年経たった今も、鉄とコンクリートはあまり進化していません。

でも木だけは、ものすごいイノベーションを起こしています。木は、大断面集成材が出来たり、高強度な集成材が出来たりして、大きな変化がありました。生活も大きく変わってきた。だから今、木で建築を作ることには、新しいスタイルが生まれる可能性が秘められているんです。

モダニズム以降、ずっと停滞していたデザインの世界が、今後ガラッと変わるかもしれません。

木で建築を作ろうという気運が
高まっているような気がしています

原田 真宏:イメージ2